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東京地方裁判所 昭和37年(ワ)3684号 判決 1965年3月04日

原告 丸新運輸株式会社

被告 石山ミツ 外三名

主文

被告石山ミツは原告に対し、別紙目録<省略>(二)の建物のうち同目録(二)(イ)の部分から退去して、別紙目録(一)の土地を明渡せ。

被告高橋政治、同高橋トヨ、同高橋幸枝は原告に対し、別紙目録(二)の建物のうち同目録(二)(ロ)の部分から退去して、別紙目録(一)の土地を明渡せ。

訴訟費用は、被告らの負担とする。

事実

一、原告訴訟代理人は、主文同旨の判決ならびに仮執行宣言を求め、請求原因として、

(一)  別紙目録(一)の土地(以下、本件土地という)はもと東港建物株式会社の所有であつたが、原告は昭和三五年一二月二〇日同会社からこれを買受けてその所有権を取得したものである。

(二)  しかるに東港建物株式会社は本件土地上に別紙目録(二)の建物(以下、本件建物という)を所有し以て本件土地を占有しているので、原告は本件土地所有権に基き同会社に対し本件建物を収去して本件土地を明渡すことを請求したものであるが、被告石山は本件建物のうち別紙目録(二)(イ)の部分に居住し、又被告高橋政治、同高橋トヨ、同高橋幸枝は本件建物のうち別紙目録(二)(ロ)の部分に居住し、以て夫々本件土地を占有している。

(三)  よつて原告は本件土地所有権に基き、被告らに対し各自本件建物のうち右占有部分から退去して本件土地を明渡すことを求める、と述べ、被告の抗弁に対する答弁として、

(1)  東港建物株式会社が本件土地の売買当時本件土地上に本件建物を所有しこれを被告ら主張の如く被告らに対し夫々賃貸していたこと、同会社は被告ら主張の如く原告に対し本件建物を収去して本件土地を明渡す旨約したことは認めるが、その余の事実は争う。

(2)  東港建物株式会社は原告に対し、前記のように本件土地を売渡すに当り、原告に対し、昭和三六年四月末日限り本件建物から被告らを退去させたうえ、本件建物を収去して本件土地を明渡す旨約したのであるが、東港建物株式会社は右期限までに右履行をしなかつたので、原告は同年六月頃同会社に対し、本件土地を、前記本件土地の売買の日たる昭和三五年一二月二〇日に遡り、賃料一ケ月坪当金一五円と定めて賃貸する旨約し、同会社はこれを承諾した。しかるに同会社は原告に対し、昭和三五年一二月二〇日から昭和三七年三月末日までの右賃料合計金五七、五〇〇円の支払をしなかつたので、原告は被告に対し昭和三七年四月一〇日到達の内容証明郵便を以て、右延滞賃料を三日以内に支払うよう催告し、併せて右不履行を停止条件として本件土地賃貸借契約を解除する旨意思表示した。ところが同会社は右期限迄に右延滞賃料の支払をしなかつたので、右賃貸借は、昭和三七年四月一三日限り終了したものである。

と述べ、

立証<省略>

二、被告ら訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は、原告の負担とする。」との判決を求め、答弁および抗弁として、

(一)  請求原因事実は認める。

(二)  東港建物株式会社は本件土地を原告に売渡した当時、既に本件土地上に本件建物を所有し、被告石山は同会社から本件建物のうち別紙目録(二)(イ)の部分を賃借し、又被告高橋政治、同高橋トヨ、同高橋幸枝は同会社から本件建物のうち別紙目録(二)(ロ)の部分を賃借していたものであるところ、東港建物株式会社は本件土地を原告に売渡した際、原告に対し本件建物を収去して本件土地を明渡す旨約したものである。しかして建物とその敷地とを所有する者が、第三者に対しその敷地の所有権のみを譲渡し、かつ右建物の収去、敷地明渡を約したときは、右敷地譲受人は右建物の賃借人に対して右建物から退去して右敷地を明渡すべきことを請求することはできないものというべきである。けだし右建物収去土地明渡の特約は、建物所有者において自己の建物所有権を放棄するに等しいところ、建物所有権の放棄を以てその建物につき正当に成立した賃借人の権利を害することは許されないからである。(大審院昭和九年三月七日判決民集第一三巻四号二七八頁、最高裁昭和三八年二月二一日判決、判例集第一七巻一号二一九頁参照)。従つて原告の本訴請求は失当である。

仮りに右主張が理由がないとしても原告の本訴請求は、所有権の濫用にあたる。即ち原告は被告らから本件土地の明渡を得たうえ、本件土地を更地としてこれを他に売却して巨利を博せんとするのである。と述べ

原告の再抗弁に対する答弁として

原告主張事実は否認する、と述べ

立証<省略>

理由

一、本件土地がもと東港建物株式会社の所有であつたが、原告は昭和三五年一二月二〇日同会社からこれを買受けてその所有権を取得したこと、被告石山は本件土地上に存する本件建物のうち別紙目録(二)(イ)の部分を、又被告高橋政治、同高橋トヨ、同高橋幸枝は本件建物のうち別紙目録(二)(ロ)の部分を夫々占有し、以て本件土地を占有していることは当事者間に争いがない。

二、ところで、東港建物は右本件土地売買当時既に本件土地上に本件建物を所有し、被告らは同会社から本件建物のうち右占有部分を同会社から賃借していたものであるところ、東港建物株式会社は右本件土地売買に際し、原告に対し、本件建物を収去して本件土地を明渡す旨約したものであることは当事者間に争いがない。建物とその敷地とを所有する者がその敷地のみを他に譲渡し、かつ右建物収去、土地明渡を約したときは、建物賃借人は敷地譲受人に対し、右敷地占有権原を失い、これを明渡す義務あるものと解すことができる。尤も土地賃貸人と賃借人との間において土地賃貸借契約を合意解約しても、土地賃貸人は特別の事情がない限りその効果を地上建物の賃借人に対抗し得ないものというべきであるが、(最高裁昭和三八年二月二一日判決、判例集第一七巻一号二一九頁参照)しかしこれは土地賃貸人はその賃貸借に当り将来土地賃借人において地上建物を第三者に賃貸することを予想すべきであり、換言すれば土地賃貸人はその地上建物の賃借人の地位の形成に協力したものというべきであるから、建物賃借人をしてその地位を保全せしめるよう法律上の拘束を受けること信義則上当然であるからであつて、かかる土地賃貸人と異り、建物賃借人の地位の形成に協力したものというを得ない、土地譲受人に対してまで右の法理を類推適用することはできない。してみると右事実によれば被告らは未だ原告に対し本件土地の占有権原を以て対抗し得るものということはできず、かえつて原告に対し右建物の占有部分から退去して本件土地を明渡す義務があるというべきである。

三、証人鈴木啓次郎の証言、原告代表者尋問の結果によれば、原告は前示の如く東港建物株式会社から本件土地を買受けるに当り、本件土地上に同会社所有の本件建物が存し、かつ本件建物には被告らが夫々賃借居住していることを知悉していたが、同会社において原告に対し、本件建物から被告らを退去させたうえ、本件土地を明渡す旨約したので、本件土地を買受けたものであること、しかして原告が本件土地を買受けた目的は、原告は運送業を営んでいるものであるが、本件土地を運送物の集積所および倉庫として使用することにあることが認められる。してみると原告は本件土地を買受けるに当り、さしてその必要もないのにただ被告らをして本件建物から退去させてこれに苦痛又は損害を与えることを目的としたものということはできない以上、原告の本訴請求を以て権利濫用ということはできない。

四、以上の次第であるから原告の本訴請求は理由があるのでこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用し、仮執行宣言はこれを附さないのを相当と認めるのでこれを附さないこととし、よつて主文のとおり判決する。

(裁判官 磯部喬)

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